精神世界論―8

     蛇 

  藤内土偶は生の水をもつ月神を描いたものだという本論の推定には充分な裏付けがあることである。

 時代と地域を越えて中国から古代近東へとつながる関連表現からすると、頭部にとぐろを巻いた蛇はこの飲み物を一緒に飲んでいると思われる。

 蛇が月から生の水を飲んだが故に、生の更新が可能になるという同じ主題を扱っていた。

蛇を戴く土偶

 蛇が疑いなく頭部にいることを示す縄文土偶といえば藤内土偶だけであるが、後面にとぐろのある小形の頭部が幾つかあり、ほぼ確実にやはり蛇を意図しているようだ。

 一例として山梨県坂井遺跡出土のもの(図53)、他に長野県平出遺跡から出土したものがある。

 土で作った半円形の綱状の隆帯が埼玉県出土の土偶の頭部にあり(図54b)、同じく蛇の這う様をしている。

  頭部に蛇のついた土偶には、日本以外にも実に多くの類例がある。

 蛇身装飾を施した土器についても同じだろう。

 中国では、半山の墓葬用土器の一部にその種のものが見られる。

 竜山文化(中国新石器時代における二大文化のうち、新しい方のもの。古い方の仰韶(ぎようしよう)文化から発展し、中国文化の母胎となる。山東省歴城県竜山鎮の城子崖遺跡によって命名。) にもある。古代イランや古代近東、ミノア期のクレタ(、エーゲ海の南部にある、ギリシア最大の島。古代ギリシアに先立って文明が発達し、エーゲ文明の一中心地となった。)  初期のギリシャ

 解っている限り、たいてい土器は故人祭祀に使用された。

 古代ギリシャに関して、蛇の浮き彫りか彩色画のある土器に言及される。

 故人が両手にカンタロス(把手付きの大型酒杯)をもって座るか立っている浮き彫りを指摘する。

 蛇が酒杯から飲んでいる。埋葬の際に会食を描いた浮き彫りには、横臥した状態にいる故人の背後や上方に蛇が必ずいる。

 普通蛇は、故人の形象化だと思われる。

 藤内土器とその類例を念願に置くならば、蛇が這っていたり、飲もうとしている土器が、観念的に、月の盆が容れているのと同じ液体―生の水を溜めているのだと結論せざるを得ない。とすれば、生の復活を象徴するこれらの土器が、死者祭祀に使用されるのは当然すぎるほど当然である。

 蛇が生の水を飲んで新たな生を獲得する様を故人に気付かせて、そしてこの復活を保証するのが月であることを教えられて、故人は彼ないし彼女の新たな生への再誕生を約束される。

 その一方、何かしら蛇で表現されるのがそんな故人だとするならば、この表現は様々な観念を特殊に騰げてはじめて実現しえたものである。

 即ち蛇が生の水を飲むのであれば、結局は故人もまさに同じようにするはずだという考えである。

 古代ギリシャで故人の墓に撒かれる液体奉納が、牛乳や蜂蜜、水、ぶどう酒、油で行われるのは意義深い。

 牛乳や蜂蜜、水、ぶどう酒は「エデンの園の四つの川」に流れる液体であり、生命樹の立っている大地の中心から湧き出る。

 口縁に這い上がる蛇身装飾のある土器がそれである。

 藤内の小形土偶や、蛇が這ったりトグロを巻いている土器は、長期にわたる広範な伝統の一部であって、死後の新たな生への人類の尽きない願いや希望を物語るものだ。

 希望の成就を保証するのが絶えず復活する月であり、その証拠は月の所有する生の水を一緒に飲んで、脱皮して若返る蛇である。

(「生と緒」縄文時代の物質・精神文化より ネリー・ナウマン著)